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長野地方裁判所 昭和34年(行)8号 判決 1960年8月09日

原告 原田治男

被告 長野税務署長

訴訟代理人 朝山崇 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和三三年三月六日なした原告の相続税額再調査請求を棄却する決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

請求の原因として、

一、別紙第一目録記載の農地(以下これを本件農地と略称する)はもと原告の父原田友次の所有であつたところ、同人は農地法第一六条に基き国に対しその買収の申出をし、これに基き右農地は、昭和二九年一月一日代金四六、五三二円八銭で国に買収された。原告は、右原田友次が買収の申出をしたことを知つたので、国に対し、本件農地の売渡を要求し、右買収の日と同日代金右同額で国からその売渡を受け、その所有権を取得した。代金は二四年間の年賦払の約で、原告は同年一〇月二五日金三、四九八円を支払い、その後毎年同額の支払を履行している。もつとも、未だ所有権移転登記は受けていない。

二、右原田友次は、昭和二九年八月二三日死亡し、原告は同日その遺産全部を相続した。

三、本件農地は、原告が国から買受けたもので、父友次から相続したものでも、贈与を受けたものでもないから、相続税の対象とはならないものである。そこで原告は、当時本件農地を除外して相続税額を計算したところ、原告が相続した純資産の総額は、基礎控除額を下廻り、原告は相続税を負担しないで済むことが判明したが、長野税務署事務官飯浜謙吾の要請があつたので、相続税額をゼロとする相続税の申告書を作成し、これを昭和二九年一一月一一日被告に提出した。

四、ところが、昭和三二年一〇月頃、長野税務署事務官高橋辰二から、事務処理上一応本件農地を含めて相続税の申告書を提出されたい旨の申入れがあつたので、原告は、もし被告が本件農地を課税の対象にするのであれば、異議を申立てるつもりである旨を右高橋事務官に告げたうえ、同年一〇月一五日不本意ながら本件農地を含めて再び相続税の申告書を被告に提出した。原告がかゝる真意に副わない申告をしたのは、誤つた課税処分は、異議の申立をすれば容易に取消されるものと信じていたからである。右申告書の内容は、被告の答弁第三項(一)のとおりであつて、右のうち、

(4)(3)に加算される受贈価格 三五〇、一二九円

とあるのは、本件農地を父友次から贈与を受けたものとみなし、これによつて原告の受けた利益を三五〇、一二九円と評価してこれを課税価格に加算したものであり、又、原告が相続した財産中別紙第二目録記載の建物(以下本件建物と略称する)は一四四、〇〇〇円と評価して右申告書中の積極財産に加えてある。

五、しかし、本件農地は原告が正当な対価を支払つて買受けたもので、父友次から贈与を受けたのではないから、課税の対象から除外さるべきであり、又本件建物の相続当時の適正な価格は一一二、〇〇〇円であつて、昭和三二年一〇月一五日に提出した申告書にこれを一四四、〇〇〇円と記載したのは、原告の価格算出の誤りによるものである。そこで右の二点を訂正して、原告が負担すべき正当な相続税額を算出すると、次のようになる。

(課税価格)

(1)  相続した積極財産の価格        六一二、七八三円

(2)  承継した債務額及び葬式費用の合計    七三、六〇〇円

(3)  相続した純資産((1)―(2))      五三九、一八三円

(4)  (3)に加算される受贈価格              〇

(5)  課税価格               五三九、一八三円

(相続税額)

(1)  課税価格               五三九、一八三円

(2)  基礎控除               五〇〇、〇〇〇円

(3)  税額算定の基礎となる金額((1)―(2))  三九、一八三円

(4)  税額                   三、九一八円

従つて、原告が昭和三二年一〇月一五日提出した申告書に基いて相続税を課するのは違法である。そこで原告は同年一〇月二二日被告に対し、本件農地を課税の対象に加えることは違法であると主張して、相続税額更正の請求をしたところ、同年一二月一〇日更正の請求は理由がない旨の通知を受けたので、同年一二月一四日被告に対し、右同様の理由を挙げて再調査の請求をし、これに対し被告は昭和三三年三月六日再調査請求棄却の決定をした。原告はさらに同年三月二四日関東信越国税局長に対し、前同様の理由により審査の請求をしたが、同年四月四日請求棄却の決定を受けた。しかし、前述の如く被告は、原告の再調査請求に対し、原告主張のように本件農地を課税の対象から除外し、且つ本件建物の価格を訂正し、税額を三、九一八円とすべきであり、したがつて右請求を棄却した被告の決定は明らかに違法であるからその取消を求める。

六、被告主張の事実のうち、本件農地が国に買収され、さらに原告に売渡されるに至つた事情は知らない。本件農地の原告買受当時における価格が少くとも四〇〇、七四六円を超えていたこと及び原告が本件農地を買受けたことによつて被告主張のような利益を受けたことは否認する。かりに、原告が本件農地を取得するに至つた経緯が被告主張のとおりであり、且つ取得当時の価格が被告主張のとおりであつたとしても、原告は本件農地を四六、五三二円八銭の対価で国から買受けたのであるから、原告が本件農地を実質上売買によつて取得したことに変りはなく、贈与によつて取得したことにはならない。と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求の原因第一項の事実中、原告が本件農地の売渡を要求したことを除くその余の事実及び同第二項の事実は認める。同第三項の原告が昭和二九年一一月一一日相続税の申告書を提出したとの事実は否認する。同第四項の事実中、原告が昭和三二年一〇月一五日原告主張のような内容の相続税の申告書を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第五項の事実中、原告主張の日に原告主張のような更正の請求とこれに対する通知、再調査の請求及び審査の請求とこれらに対する各決定がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。

二、被告が昭和三三年三月六日なした再調査決定は、原告が昭和三二年一〇月二二日になした更正の請求に対し、被告が同年一二月一〇日付で請求の理由がない旨通知したことを不服として、同年一二月一四日になした再調査請求に対して行つた行為である。ところで、原告は、相続税の申告書を申告期限(原田友次は昭和二九年八月二三日に死亡したから、相続税に関する申告書の提出期限は昭和三〇年二月二三日である)の後である昭和三二年一〇月一五日に提出したにすぎないから、原告が更正の請求をなし得るのは相続税法第三二条第二項各号所定の事由が生じたことを理由とする場合に限られる。ところが、原告の右更正請求はかゝる事由が生じたことを理由としたものではない。しからば、被告が右更正請求に対して理由がない旨の通知をしたことは適法であり、従つて、これに対する原告の再調査請求を棄却した本件再調査決定もまた適法である。

三、原告の申告した課税価格及び相続税額は、実質的にも相当であつて更正の余地はないから、本件再調査決定はその点からいつても適法である。即ち

(一)  原告が昭和三二年一〇月一五日提出した申立書の内容は次のとおりである。

(課税価格)

(1) 相続した積極財産の価格         六四四、七八三円

(2) 承継した債務及び葬式費用の合計      七三、六〇〇円

(3) 相続した純資産((1)―(2))       五七一、一八三円

(4) (3)に加算される受贈価格         三五〇、一二九円

(5) 課税価格                九二一、三一二円

(相続税額)

(1) 課税価格                九二一、三一二円

(2) 基礎控除                五〇〇、〇〇〇円

(3) 税金額算定の基礎となる金額((1)―(2)) 四二一、三〇〇円

(4) 相続税額                 五三、一九〇円

(二)  原告の父友次が、本件農地について農地法第一六条に基き買収の申出をしたのは、自作農維持創設資金の貸付を受けるためであつて、これは、当時自作農維持創設資金貸付の方法として貸付希望者から農地に対する政府買収価格が貸付額と一致する面積の農地について買収申出をさせたうえ、貸付金を買収代金名義で交付し、一方買収申出にかゝる農地を申出人または申出人の世帯員に売渡し、その代金を年賦払させることによつて、実質上貸付金を年賦償還させ、貸付の目的を達する方法がとられていたことによるのである。ところで、原告の父友次は、本件農地の買収方を申出るにあたつて、原告に売渡されるべきことを要望したが、当時その居住地である上水内郡富士里村の農業委員会においては、貸付希望者から農地の買収申出をさせる際、申出人から売渡を受けるべき者についての希望を徴し、申出人がその家族に売渡されることを希望したときは、その家族から買受の申込書を提出させ、その者に売渡すよう県知事に進達する取扱をしていたので、同委員会は、原告の父友次の要望を容れて右手続を採り、本件農地は昭和二九年一月一日付で原告に売渡されたのである。

しかして、本件農地の時価は売渡当時少くとも四〇〇、七四六円を超えていたが、原告に対する売渡価格はこれをはるかに下廻る四六、五三二円八銭にすぎなかつた。してみると原告はその父友次が買収申出をし、かつ原告に売渡さるべきことを申出たことによつて、僅か四六、五三二円八銭の対価をもつて、時価四〇〇、七四六円以上の本件農地を取得したことになり結局原告の父友次は、原告に対し、少くとも三五四、二一三円九二銭(四〇〇、七四六円から四六、五三二円八銭を差引いた額)相当額の利益を受けさせ、原告はその利益を受けたものということができるから、原告は、右金額相当額を贈与により取得したものとみなされる(昭和三三年法第一〇〇号による改正前の相続税法第九条)。しかも、原告が本件農地の売渡を受けた時期は、原告が父友次の財産について相続を開始した昭和二九年八月二三日より前二年以内であるから、原告が贈与により取得したとみなされる三五四、二一三円九二銭は当然相続税の課税価格に加算されることになる(同法第一九条)。

したがつて、原告が、本件農地の売渡をうけたことにより父友次から三五〇、一二九円の利益を受けたものとして、これを課税価格に含めたうえ申告したことは正当である。

(三)  本件建物の相続当時の価格は、少くとも一四四、〇〇〇円を下廻らない額であつたから、原告が、これを一四四、〇〇〇円と評価して申告したのは過大な申告であるということはできない。

従つて、原告の申告した課税価格及び相続税額は更正の余地はない。と述べた。(立証省略)

理由

一、原告の父原田友次が昭和二九年八月二三日死亡し、同日原告がその遺産全部を相続したこと、昭和三二年一〇月一五日原告が右相続による相続税の申告書を被告に提出したこと、原告は同年一〇月二二日被告に対し右申告にかゝる課税価格及び相続税額の更正の請求をし、被告は同年一二月一〇日原告に対し右請求は理由がない旨通知したこと、原告は更に同年一二月一四日被告に対し、再調査の請求をしたところ、被告は昭和三三年三月六日右請求を棄却する決定(以下本件決定と略称する)をしたこと、原告はこれに対し、同年三月二四日関東信越国税局長に対し審査の請求をし、同局長は同年四月四日右請求を棄却する決定をしたことは当事者間に争がない。

二、原告が本件決定の違法事由として主張するのは、前記申告では、本件農地を父友次から贈与を受けたものとみなしてこれを相続財産に加算し、かつ相続財産中本件建物の価格を一四四、〇〇〇円と記載したけれども、本件農地は原告が国から買受けたものであつて父友次から贈与を受けたものではなく、又本件建物の相続当時の適正な価格は一一二、〇〇〇円であるにも拘らず本件農地を相続財産に加算し、本件建物の価格を一四四、〇〇〇円と記載したのは誤りによるのであるから、右記載に基く課税価格及び相続税額が過大であることは明らかであり、被告は原告の再調査の請求を認容し、先になした処分を取消すべきであるにも拘らず、これを棄却したのは違法であるというのである。したがつて、原告は本件決定の課税価格及び相続税額が過大であるとして、本件決定の取消を求めるのであつて相続税法第三二条第二項各号の事由を主張するものでないことが明らかである。

ところで、同法第二七条第一項によれば、相続税の申告書は相続人が相続の開始があつたことを知つた日の翌日から六月以内に提出することを要するのであり、さらに同法第三二条によれば、相続税の申告書を提出した者が、当該申告に係る課税価格又は相続税額が過大であることを理由として更正の請求をなし得るのは、相続人が右申告期限内に申告書を提出した場合又は当該申告書に係る修正申告書を提出した場合に限られ、期限後に申告書を提出した相続人は、同法第三二条第二項各号の一に該当する事由により課税価格又は相続税額が過大となつた場合に限り更正の請求をなし得るにすぎないのである。しかるところ、成立に争のない甲第四号証と証人飯浜謙吾の証言によれば、長野税務署事務官飯浜謙吾は、昭和二九年一一月一一日上水内郡中郷村役場において、原告に対し相続税の申告指導をなしたことが認められ、この事実に徴すれば、原告が遅くもその頃までに父友次からの相続の開始を知つたことが推認されるから、原告が前記申告書を提出した昭和三二年一〇月一五日は法定の申告期限を経過した後であることがあきらかである。しかるに原告が本件農地を課税の対象に加えることは違法であるとして更正の請求及び再調査の請求をなしたことは当事者間に争がないから、原告は課税価格及び相続税額が過大であることを理由としては更正の請求をなし得ないのにその過大であることのみを理由として更正の請求及び再調査の請求をなしたにほかならない。もつとも、原告は、右申告とは別に、昭和二九年一一月一一日相続税額をゼロとする申告書を提出したと主張し、その当時は申告書提出期限内であることはあきらかであるから、仮にその適法な申告書が提出され、かつ前記昭和三二年一〇月一五日提出の申告書をこれに対する修正申告書と解する余地があるならば、前記更正の請求を相続税法第三二条第一項による適法な更正の請求とみることも可能となるわけであるが、相続税法によれば、相続をしても納付すべき相続税額がない者は申告書を提出する必要がないのであるから、この点からみても原告の右主張はにわかに首肯し難いのみならず、成立に争のない乙第三、第四、第五号証の各一、二及び証人飯浜謙吾、同堀江達雄の各証言によれば、昭和二九年度乃至三一年度の三ケ年間において、原告が被告に対し相続税の申告書を提出したことはなかつたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告の前記更正の請求は不適法であり、従つて被告がこれに対し理由がない旨の通知をしたこと及びこれに対する原告の再調査請求を棄却した本件決定は、爾余の点を検討するまでもなく適法である、といわなければならない。

よつて原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 白川芳澄 橘勝治)

(別紙目録省略)

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